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2005年 12月 25日

石原千秋『国語教科書の思想』ちくま新書 2005

投稿者 by tak@taknews.net at 23:17 / カテゴリ: 09書評 / コメント (1) / トラックバック (0)

国語教科書の思想ちくま新書
国語教科書の思想ちくま新書

 高校国語教科書の編集委員も長年勤めている著者が、小中学校の国語教科書を分析した書。第一章では国際的な学習到達度調査で勃発した「読解力低下問題」について取り上げている。端的に言えばこのテストは読解リテラシーの能力を問うている。しかしこれまでの国語教育は道徳的要素が大きく、このテストでは点数に結びつかない。一方で頭の悪い政治家は道徳的な今までの国語(昨今の国語はリテラシー重視に変容しつつある)に復権してテストの点を挙げようと喚く馬鹿丸出しの惨状。そこで筆者は「国語」を解体し、グローバルスタンダードとして求められる「リテラシー」と個性と能力を自由に延ばせうる「文学」の二教科に分けるよう大胆な説を挙げている。
 第二章では小学校、第三章では中学校の教科書を実際に構造分析し、その裏に潜むイデオロギーを暴こうと試みている。端的に言えば様々な固定された価値観を善意で提供しているとまとめていいだろう。その中で元気で明るく外に向かって「発信」することができる子供を育てようとしているのだろう。しかしそれは一定の価値観を押し付け、内省的思考の機会を大幅に失くし、さらには発信する他者を想起させないものであるのだ。私はここで竹中平蔵周辺の言う「IQの低い国民」を連想してしまった。この「IQ」は単純にIQテストの成績が悪いという意味ではなく、わかり合えない他者を排除し、リテラシーが低く、再帰的なことはできない、批評的な考えができない人たちのことを指すと考えられる。

 ただ個人的に残念なのは一読して納得できる面が非常に多いのだが、全体を通る軸が明示していないので散漫な印象を持つ人もいるだろう。これは編集者ないし著者の意図でツッコミをいれるような形で教科書分析を行ったことに起因している。読みやすくする工夫であろうが構造的には好ましくない。教科書の「分析」ならシステマティックにまとめた論文形式のものが良かったのではなかろうか。またここから昨今の新書の安易な「方向性」を感じなくも無いのだが(とツッコミを入れてみる)。

 また最後に加えておくと、教育とは「意図的」に型にはめていくプロセスであると言う議論も必要である。大概においてこの段階は「ステップバック」の議論を誘起しやすいのだが、そこを乗り越えなければ教育の本義を見据え主役=子供を考えることは不可能なのだ。

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