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2005年 11月 15日

森鴎外『半日』1908

投稿者 by tak@taknews.net at 21:43 / カテゴリ: 09書評 / コメント (1) / トラックバック (0)

ここに載せるために書いたわけではないけど自分の書いたテキストをアーカイブ化しておくのに便利なのでここにアップ。

 まず一作品目の考察として森鴎外の「半日」を取り上げることにする。半日を分析するにあたり、テーマは『時代背景から半日の意図を探る』と設定する。つまりテキストの微細な考察から心理を読むのではなく(もちろんそれを軽視しているわけではない)、小説のコンセプトに少なからず影響を与えていると考えられる「時代」を切り口とし、読み手として二つの対象者(一般読者と鴎外自身)を設定し早速本題に移ることにする。

 まずは半日のターゲットとして一般的な、一般読者について考えてみる。少々冗長になるが、敢えて書かれた年から時代へと広げていくことにする。半日が初めて日の目を浴びたのは1908年だ。この年だけを見ればラストエンペラーこと愛新覚羅溥儀が清の皇帝に即位したことくらいしか大きな出来事はないが、すこし振り返れば1905年に日露戦争で大日本帝国が勝利している。これが意味するところは幕末から始まった急造の近代国家の造成が約40年で欧米列強と伍する力を蓄えつつあることだ。では当時の「近代国家」とはいかがなものだろうか。そのキーワードは間違いなく「国民国家」だ。一つの民族に一つの国家、これが近代化への一歩だったのだ。一つのピラミッド型(トップダウン型)の社会を作ることによって戦争や産業における意欲を格段に高めて、また他国との間の緊張関係をエネルギーに換え爆発的に成長していくことを試みる時代だ。また民主的な革命をまたずしてトップダウン型社会を急造するのは後身国である旧枢軸国の特徴である。
 しかし日本は過去の歴史において一度たりとも「一つの国」になったことはなかった。直近の江戸時代も藩が「国」であったのだ。さらに多神教的思考をが根強いので、国民を一つのものに集約していくことは難しい。そこでネタとして天皇を一神教の神として祀りあげることを伊藤博文たちは考え出した。(もちろん伊藤たちは天皇への尊敬の念などなく、ただ利用していると考えていいだろう。)また家父長制もトップダウン型の社会構造に役立ったのだ。


 長々と国民国家形成の過程を書いたが、ここで「半日」の舞台に戻ろう。「半日」の設定月日は孝明天皇祭の日であった。一神教の神として祀り上げられていた明治天皇の父を奉る儀式である「奥さん」が出かけると騒ぐために出席できなくなる。それが意味するところは、奥さんは家父長制のトップである博士ばかりか大日本帝国の絶対的な父である天皇のそのまた父にさえ対抗できる「個」を獲得しているということだ。陳腐になりかねないが、嫁姑問題を介して端的な対立構造を出してしまえば国民国家が個に負けつつあることを示したのだ。

 もちろんただその対立を示し、現代の状況を示す鴎外の意図ではない。私はここで鴎外の「戦略」を垣間見えるように思えてならないのだ。分析的に読むわけではない一般的読者は、半日から国民国家の危機を読み取ることはまずないであろう。また真っ向勝負で国民国家の危機を説いても暖簾に腕押しだろう。「国民国家が素晴らしいという価値観の問題ではなく、国民国家にならなければ欧米列強に負ける」と社会システムの構築側からすれば当たり前のことを一般人に悟らせることは無理と断言していい。そうなるとある種一般人を操っていくしかなくなる。そこで鴎外(同時代の作家としては異例の非ドロップアウト組 国民国家形成におけるシステム構築側にいたといってよかろう)は敢えて嫁姑問題に矮小化して、「半日の奥さんみたいなやつはどうしようもないな」と一般人に思わせ、知らず知らずのうちに後発先進国の国民国家形成の土壌を作ろうと思ったのではなかろうか。また「鴎外の実生活」であるということも、一般人の「人のプライバシーを除く楽しみ」をくすぐり、小説の「存在価値」を高めようとしたのではなかろうか。(昨今の芸能人の報道にも近いものを感じる。)このように、ただ読むと「奥さんみたいなのは嫌だわ」「こんな女、気違いだわ」と思わせることが大きな社会システム構築へと操る鴎外なりの方法だったと私は考えている。以上をまとめると、「半日」は鴎外がある種「ネタ」として矮小化した嫁姑関係を提示することによって一般国民を欺き、国民国家形成へと導こうというアイロニカルな鴎外の選択であったと私は考えている。また久しぶりに小説をわざわざ書いたと言う点も、国の命運がかかっているという重さを考えれば説明がつく。

 二つ目の対象者として鴎外を軸に考察してみる。半日は鴎外が何かしらの利益を得るため、ないしある種のカタルシスを感じるために、つまり自分のために書いたのではないかということだ。いくつか具体的に見ていく。まず俗でありわかりやすい点を言えば、奥さんへの仕返しがあげられるであろう。森於菟の著作「父親としての森鴎外」を読めば、於菟は少なからず「奥さん」のモデルである(育ての)母、茂子は世間の習俗に合わせようとせず、嫁姑関係もこじれ常に眉間に皺が寄っていたと書いている。森家の中では比較的客観的立場であるが於菟のこの証言は、茂子が「半日」の奥さんほど出ないにしても森家のトラブルメーカーだったこと間違いない。そのような状態が長らく続いたため、鴎外はほとほと参っていた。ここでお灸をすえることによって自制(自省)を働かせようと意図したと考えるのは、俗ではあるがナチュラルだ。(なおこの「半日を書いた理由」は最終的には奥さんがターゲットとなるのだが、便宜上それを求める鴎外の項目であるこの場所に入れた。)
 またこのような表面上の意図だけでなく、自分自身にある種のカタルシスを得る装置も半日は備えているように思える。先の国民国家形成の話でも触れたが、鴎外は最終的には陸軍軍医のトップにまで上り詰めたエリート組であり、国民国家形成に寄与している側であった。その鴎外が日露戦争で大失態を犯す。それは誤診だ。日露戦争では兵隊たちは白米を主食としたため脚気患者が25万人、死者3万人近くもでるとんでもない状態になった。そこまで異常な事態になったのは、鴎外が脚気と判断せず麦飯を患者に食わせることはなかったためである。血の日曜日事件などのロシアの政治背景なども手伝い、よれよれの状態で勝利した日本の死者数は8万7983人中病死者であった。そのうちの2万7800人がなんと病死なのだ(Wikipedia)。もちろん病死のすべてが鴎外の責任ではなかろうが、多くが鴎外の責任だと言われても仕方がない。一方で海軍では医務局長の高木兼寛が早くから欧米と日本は主食が違うことに気づき、麦を食べればいいのではないかと考え実践していたため脚気患者はほとんどでなかった。しかしウイルスを発見したコッホの下で学んだこともある鴎外にしてみれば、高木の言い分は前近代的な考え方であった。謎の病はウイルスである、それが当時の最先端だった。後に鈴木梅太郎がビタミンB1を発見し、脚気の原因をこれの欠乏としたときも鴎外は反対した。
 この「脚気」のエピソードからわかることは鴎外は自分自身の西欧で学んできた考え方にある種、異常なまでに強い自分の中で形成された「論理」に自信を持っていたということだ。直接的に関係のない脚気のエピソードを書いたのは鴎外の異常なまでの「頑固さ」―それはエリート街道を歩き、ドイツ中心で価値判断する「間違いのない」論理性を手に入れたと考えていたからだろう―を示したのだ。その「頑固さ」は嫁姑の在り方に対する考えにも反映されている。例えば「嫁と母なら母の方が大事。暮らしている時間も長いし血も繋がっている。」という趣旨の発言をしていた。これは時間の長さや血の繋がりと言う一見すると「論理的」な考え方だが、ある決まりきった価値観の元での考え方だ。その価値基準を作っていつ「価値」への疑いはほとんど感じられない。そんな鴎外は時代の移り変わりに気づきつつも、奥さんにいらだっていたはずだ。そこでその論理を乱すものに対して自分の考えを表出してしまうことによってカタルシスを味わったのではなかろうかと考えた。また論争好きの鴎外が違った形で論争を吹っかけたともとれうるだろう、
 あとは口語体小説への挑戦が先にあり、口語体で書くべきまたは書きやすい材料として日常的な「嫁姑関係」を使用したことも考えられる。また「半日」の次には「ヰタ・セクリアリス」を出している。この年に自伝的な小説を続けて出したことは、日露戦争での失敗(但し自分は間違っていないとずっと思っている)後は1907年に陸軍軍医総監(陸軍軍医のトップ)になりその翌年には弟と次男が相次いで死んでいる。この上り「詰めた」ことと身近な者たちの死が鴎外の視点を家(内)に引き込んだのではないかとも思える。

 以上のように鴎外は大きな枠としては磐石な国民国家形成に際して国民を操るために、敢えて俗ではあるが嫁姑問題の小説を書いたのだと考えられる。但しその大きな軸が途轍もなく重要なことに変わりがないが、その一方で鴎外自身が得をするため(我が家の平穏)や自分の「論理性」への過剰な自信、さらには自己を振り返るチャンスの到来などの複合的な意図を包含し「半日」という作品に結実したという結論として終わることにする。

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投稿者 by: フェラされチンポ抜かれちゃうサービス!? at 2011年10月15日 04:35
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