2006年 5月 31日

柄谷行人『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』2006

投稿者 by tak@taknews.net at 11:02 / カテゴリ: 18新聞コラム批評 / 289 コメント / 1 トラックバック

本
世界共和国へ

 この地球の永続性を担保するためには大変革が必要だ、と漫然とした感覚を抱く人は多い。その根拠は様々なのだろうが、その多くが現在社会システムに対する不安へと導かれつつ、新しい「かたち」を模索すらできないでいる。この書では資本、ネーション及び国家の相互補完的にメカニズムによる接合体が覆う現在世界が、新たに目指すべきものとして世界共和国を提案している。
 その世界共和国の前に著者の考える現状について説明しよう。現在の世界は「資本=ネーション=国家」の三点による相互補完的メカニズムにより形成されていると説いている。またその段階に至るまでの歴史的変遷として三つの基礎的効果様式(互酬、略取−再分配、商品交換)を軸とし、その発生メカニズムと影響力の歴史的及び地理的推移を示している。この交換様式から今までの社会を見る部分が全体の半分以上を占めるのだが、非常に明快で論理的説得力を持った説明を成している。個人的にも社会構成体とそれらの背景及び存在の必然性ーマルクスはこの 必然性を見落としていたと著者は言う―について体系的に考えたことがなかったので、非常に有難い内容であった。
 それらを踏まえたうえで筆者はカントの理念に基づき、世界共和国を提案するのだ。その世界は商品交換による社会の自由さを担保しつつも、互酬的メカニズムの働くものだと説く。そして「下からの」運動に加え、国家を「上から」抑えことにより世界共和国を形成するのだ。さらにこのダイナミズムは国家が国家自身を守る「自然の狡知」から来るものだ。このように明確に私たちが(自ずと)目指すべき道はあるのだから絶望することはない、と著者は説く。
 なるほど、確かに言わんとしていることはわかるのだ。しかし押しが弱くも感じるのは私の教養の足りなさだろうか。例えば世界共和国における互酬的メカニズムは、キリスト教的世界観が背景にあると考えられる。しかし、多くの人はこれを村社会の互酬と同一視しかねない。またカントの理念も振り子が振れているだけだ、と捉えられかねない。はっきり言えば著者の賢さゆえに、一般人が「踊りだす」ことはないように思えてならないのだ。コミュニケーションの「壁」を、超えなければならないのだ。

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2005年 7月 26日

7月26日付・編集手帳(読売新聞) 批評

投稿者 by tak@taknews.net at 09:42 / カテゴリ: 18新聞コラム批評 / 2 コメント / 0 トラックバック

7月26日付・編集手帳

 まず気になるのが「御仁」とか「膾炙」というやや難解な言葉を使っていること。別に難しい言葉を使うのは勝手ではあるが、「新聞は中学生でもわかるように」というお題目の元で一線を越えずいつも簡単な議論に終始している新聞がコラムだけがんばってもらっても困る。そんな難しい言葉を使う前にニュースの中身をもっと充実させろと。それに難しい熟語などを使いたがるのは嫌な性格だと思われてしまうのではないかと余計な心配もしたいところ。

 中身は東アジアの安定を中国が言う筋合いはない、との意見のようだが極東の安全保障を考える上でその行為がどうあれ中国は絶対的に外せるわけがない。つまり「言行不一致だから中国は東アジアの安全に口出しするな」という態度そのものが東アジアの安定へと結びつかないわけだ。そもそもアジアの他の国々からしてみれば小泉がジョンイルに初めてあったときに、ジョンイルの言う拉致被害を丸呑みしたにもかかわらず、帰国後安倍とかが人気取りでそれを利用しだしたことが東アジアの安定を妨げていると考えているのではなかろうか。本当に北朝鮮の非核化に尽力を尽くしたいなら、あのときに日本が仲介となり北朝鮮と米国の対話をセッティングすればよかったのだ。そうすれば相対的に日本の極東における発言力が増強し、一方で韓国や中国の発言力は低下していたわけで。

 話は少々それたが言いたい事をまとめると言行不一致の中国はだまってろという態度そのものは何の解決にもならないということ。真に東アジアの安全保障を考えるのであればそんなガキのような二項対立的図式を受け入れるのではなく、様々なチャンネルを使ってコミットし続けることが重要なはずだ。吼えている間があればコミットするべきだろと。この読売の編集手帳の言い分は結局日本中国めくそはなくそだね、で終わっていることに書いた本人は気づいていないのだろう。

 最後に付け加えておくとペリゴールを引用しているが、彼は常に権力側についていった人間として有名なわけで。なるほど、日本(政府)と読売新聞も一緒だ(笑

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2005年 7月 25日

7月25日付・編集手帳(読売新聞) 批評

投稿者 by tak@taknews.net at 23:11 / カテゴリ: 18新聞コラム批評 / 2 コメント / 0 トラックバック

7月25日付・編集手帳

 まず最後の「広がりつつあることは間違いない。」が気になる。なんじゃその結論。そんなこと皆わかっているでしょと。字数と語呂を合わせたとしか思えないし、意味としても「なりちゅう原稿」に近い。もっとちゃんと意見を主張してくれ。

 次に輪廻転生の意味を間違っている。もちろん言葉の意味は日々移り変わるものであるが、今回は仏教観に基づいた「輪廻転生」であることは間違いない。そうなるとこのライターのいう輪廻転生とは身体(今回は火葬後の骨)が自然に帰り、自然の一部となって生命体の循環の一部となり動き続ける事を指していることになる。その「転生」は生物界のサイクルであって輪廻転生とは違う。輪廻転生は心も身体も新しくなり、新しい存在となることを指す。そのときに業が影響して、死ぬ前に悪いことしていたらカエルになるとかよくわからない占い師とかが言うわけで。ちなみに49日(以内)は生まれ変わるまでの期間なわけだ。ということで読売の記事での「仏教の輪廻転生(りんねてんしょう)の死生観に通じるものがある」は全部ダメ。むしろ火葬は今までの存在を消すためと考えた方が自然だと思えるので、散骨は仏教観とはポジティブに関係ない。

 上から四行目に「遺灰を自然に返す散骨も珍しくない。」と書きながら下から四行目に「散骨も増えている。」とある。多分後者は「日本でも」という主語を飛ばしたのだろう。書くスペースが少ないのでしょうがないが無理に前半部に他国の事を書いたので少々内容が窮屈な感が否めない。またその影響でメモリアル商品を買う理由として「お墓は高くつくので購入したくない」という文言があるが、メモリアル商品が散骨も入るのか不鮮明。散骨が入らないのであれば遺骨すべてを使うメモリアル商品なんて思いつかないが、散骨と取るにはアンナチュラル。

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コラム批評の内容と趣旨

投稿者 by tak@taknews.net at 22:45 / カテゴリ: 18新聞コラム批評 / 1 コメント / 0 トラックバック

これから新コーナーとして新聞の軽いコラムを批評していこうと思います。自分のペースメーカーにもなるし・・・

 前々から新聞一面の下のほうの小さなコラム(有名どころでは朝日の天声人語)が気になっていた。短いコラムと言うこともあり内容がはちゃめちゃなことが多いように思える。また日本のスタイルである起承転結を意識するためか「転」でそれまでの論理を全部ひっくり返してしまうと言う「愚考」をたまにみる。短ければ論理的に書かなくてもなんとなく通ってしまうが、それはプロの新聞記者としていかがなものかと(ま、記者といっても現場から離れたデスクの人間ですが)。
 と言うことでこれから朝刊ないし夕刊一面のコラムについてコメントしていきます。とりあげる新聞は基本的に読売でいきます。理由は公称「世界一」の売り上げ部数を誇っていることと、いま私の家で読売新聞をとっているから。別に産経でも朝日でもいいんですが、とりあえずは以上の理由で読売で。では近いうちにはじめます。

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