2006年 3月 12日

香港 3泊4日(2006.3)

投稿者 by tak@taknews.net at 12:24 / カテゴリ: 11旅 , 香港(2006.3) / 1370 コメント / 0 トラックバック

初日
 移動のみ。夕方成田発。JAL機だったのだが搭乗ゲートの近くの売店に売っていた週刊誌の表紙には「JAL内紛云々」とあった。今から乗るというのに、その真横で売っているのが少々ウケてしまった。拘置所みたいに該当記事は切られていたりして。その横では香港人のおっちゃんが太極拳の動きをしていた。狭い機内に備えて英気を養っていた?
 5時間ほど乗って香港到着。行きはジェット気流と逆なので長めにかかる。飛行機を降りると隙間から肌にまとわりつく南国の風が、ということはなく日本よりちょっと暖かい程度。ちなみに入国審査前に何気なく素通りするところなのに、ほんの少しだけ通路を狭めて人が立っているところがある。何かと思えばサーモグラフィーで体温を計っているのだ。鳥インフルエンザ対策だろう。入国審査は何にも聞かれることなく終了。ホテルに入ったときは0時を回っていた。遅い時間であるが、近くのセブンイレブン(香港には小さい店舗のセブンイレブンが街中にある)で水を購入。香港の水道水は飲めるけど硬水なので下痢ピーになりやすい。あとは寝るだけ。


二日目
 九時前に始動。九時ごろの地下鉄に乗ったのだが思いっきりラッシュだった。香港の始業は遅めの模様。昼休みは13時からと知ってはいたけど。なお地下鉄は非常にきれいで安全。駅も全般的に日本の地下鉄の駅より広く、店も多い。難点は全般的にホームが深い。海が近いからかな?大江戸線くらいをイメージしておいて間違いないと思う。ただエスカレーターは日本より早めなのでそんなにストレスがたまる時間ではないけど。あとはオクトパスといスイカのようなやつは購入しておくべき。これは絶対といってもいいかも。150ドルで50ドルがデポジット。つまり100ドル分の乗車できる。使えるのは地下鉄だけでなくバス、トラム、スターフェリーと香港旅行で使う大概の乗り物で使える。それだけが勧める理由ではない。地下鉄以外の乗り物は基本的におつりが返ってこないのだ。しかも香港は10ドルから札(10ドルはコインもあり)なのだが、その額は日本円で150円程度。よってあんまり小銭を手に入れることができないのだ。よってタクシーで移動だけみたいなお金持ち以外は買うべき。ちなみに地下鉄以外の乗り物では、オクトパスを使わず小銭で払っている人は一人も見なかった。オクトパスの買い方は人のいる窓口で、英語がわからない人でも「オクトパス、プリーズ」で十分。そのあとデポジットの説明や3ヶ月以内の返却は7ドル手数料がかかるなどと英語で説明してくれる。返すときも「リターン、プリーズ」で十分通じる。

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北角の市場 北角どまりのトラムは市場を走る

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北角の停車スポット終点及び始発になる

 とりあえず銅鑼灣で降りる。ちなみに宿は北角。ちゃんとした宿っす。南京虫も嫌だし。銅鑼灣で朝食を食ってまだ動きっていない繁華街をぶらつく。その後地下鉄で旺角に行く。ここもぶらついてデザート食ったりする。ここで食ったデザートは日本では食ったことがない美味だった。なお銅鑼灣のそごうはすごい集客力を誇っている。日本では潰れかけたのに、この地では(多分)ナンバーワン百貨店になっていた。

 次に英国領だった頃に飛び地になり、無法地帯となった九龍城砦跡地に行く。私はMTRの九龍塘駅から歩いたがこの選択は誤りだ。荒い地図しか持ってなかったので仕方なかったのだけどかなーり遠い。途中あきらめかけた。計ってないけど少なくとも20分以上は歩いたと思う。帰国後調べたら樂富駅が近いらしい。つまりもう一駅乗らないとだめだったのだ。あとは旺角からバスもあり。帰りは旺角までバスに乗ったので。ただ何番のバスかは覚えてないけど…
 ちなみに九龍塘は高級住宅街。香港の高級住宅街は2パターンあるようで、一つが高級高層マンション。大概高台にあると考えてよさそう。もう一方が邸宅型。九龍塘は後者のタイプの高級住宅街が立ち並ぶ。車もろくに通らないのにかなり広めの車道に歩道がある道が続いたり。また駅の近辺には学校も多く、ちょうど幼稚園のお迎えの時間だった。ちなみにこの幼稚園は英語教育に熱心らしい(表に書いてある中国語を漢文風に読んだ限り)。まあ金持ちのボンボンが通うところでしょう。お迎えは基本的に車なようで、それも少なからずベンツだベンベだというわけです。日本車も多いけど、軽四なんてない。ましてやジャパニーズ・スタンダード、子供用座席付ママチャリは一台もないわけで。さらにびびったのが駅から10分弱ほど歩いて一番金持ちそうなあたりを歩いていたときにタクシーがある家で停まったわけです。そこで降りてくる人を見ればなんとさっきの幼稚園のガキ(体操服と帽子であの幼稚園だと判別)とかあちゃんではありませんか!うぇー、あの距離をタクシーでお迎えかよ!うひゃー、あのガキは近い将来デブになると確信した。けどあいつが将来留学したりしてまた金になる職業につき、その子供はまた金(ry orz。日本では日本人の金持ちのさもしさもあり、このような形の社会には絶対なって欲しくないのだが。
 で肝心の九龍城砦跡地は多くの人の心を魅了した?九龍城砦は影も形もない。きれいな中国様式の公園となっている。太極拳をやる人や剣法みたいなやつ(正式名知らず 実際の剣ではない)をやっている人がちらほら。地元の憩いの公園と言う感じか。ただこの公園にいるときは何かパワーを感じた。気なのだろうか。あやしいこといってますがね。あとはスラムのときは陰気を吸収していたと考えられていたことから、むしろこの地は逆なのか…?基本的に日本人観光客が行ってもなんら楽しくない公園だろうけど、個人的には何かまた行ってもいいかなと思えるものを感じてしまった。本当はスラムだった九龍城砦があるうちに行きたかったけれど、そればかりは仕方ない。その後先述の通り、バスに乗って旺角に戻る。

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九龍城地区の街だと思う…屋根が低いし(空港があったから)

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九龍城砦跡地の公園

 旺角に戻ると15時くらいだったので、女人街の露店が始まっているだろうと思い行って見る。どんな形態の露店なのか知らなかったのだが、道の真ん中が通路となる以外は全部店になってしまうのだ。日本の露店が道に沿って並ぶのだが、ここは道に垂直に営業スペースを確保する感じ。売っているものは日用品から観光客向けの偽ブランドまで。偽ブランド店は結構あるが、全部品はなくカタログや雑誌を机に並べているだけである。当局の取調べが厳しいので、品は建物の中に置いてあるのだろう。もちろん店の人(この類の店は若い人が多い)は観光客だと見ると散々声をかけてくるけど、無視をすれば無理強いするようなことはないので問題なし。あと気になったのはジョーク下着の店が多いこと。これまた観光客向けなんだろう。けど見るからに素材は安い化学繊維なので蒸れそうだ。店先に井出らっきょのサインでも置いてあれば面白かったのだろうけど。
 ちなみに女人街があるところはTung Choi street(の一部)。Tung Choi streetにはDIYCLUBがあるのだが、細かい地図をもっていないので、この通りのどこが61番地なのかわからないしビルの三階なので面倒だからはじめから探さなかった。住所に「旺角」もあるのでこの界隈だろうけど。

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女人街

 その後一度ホテルに戻る。そして暗くなり始めた頃にトラムに乗ってピークトラムの駅の近くまで行く。トラムは帰宅時間と重なってかなり混んでいた。2香港ドルと安いこともあり、地下鉄ができても市民の足として活躍しているのだ。時間は余分にかかるけどトラムは楽しい。大通りを走るので都電より楽しい。その後ピークトラムの駅まで歩く。この駅はちょっとわかりづらく、案内板も足りないし微妙に遠い。タクシーやツアーの団体で行くわけでない人はよく地図を見ながら行こう。(相当曖昧な解説だけど)でかいビルを抜けて少々急な坂を上ったところにある。客は異常なくらい日本人の学生(推測だけどほぼ間違いなし)が多かった。時期が時期だけに当たり前か。友人連中と海外行くとなると韓国、香港、シンガポールあたりが多いのかな。

 すごい傾斜を登っていくピークトラムをしばし楽しみ頂上へ。で肝心の夜景は…もやがかかっていた。んーぶち壊しなこと言っちゃうと夜景はニューヨークの方がよかったかな。ただエンパイア昇るのに人熱で蒸し暑い中、一時間近くかかることを考えればもおうあがりたいとは思わないけど。ちなみに夜景を見るところは日本の修学旅行団体がいるようだった。清水寺と間違いそうになったわい(嘘 なお香港島の反対側が見渡せる方はがらがら。帰りもピークトラムで帰る。その後ピークトラムの下の駅から近い所にバス停があり、そこに来るバスが宿近くを行きそうなので乗る。見事宿からすぐの所で降りれた。但し停留所の案内はないので(全部かどうかわからないけど、一階の運転席の上は電光掲示板がでている)地図を見ながら今どこを走っているのか確認しながら乗っている必要があり。

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夜景

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ピークタワーは改修中で入れず。ここはレストランも結構あるらしいので、入りたかった…そしてこれがないと物足りない。すごいのは足場が全部竹。

 実は夜景を見に行く前に駅内にある店で買ったものを食っていたので、夕飯を食いに行くほど腹は減っていなく、セブンイレブンで適当なものを買って宿へ。テレビを見ていたら北海道旅行のCMが流れていた。ちなみに地下鉄で女性が読んでいた雑誌にも広告が載っていた。なるほど香港人も結構来ているわけね。香港と上海なのかな。


三日目
 朝一にトラム。北角はトラムの路線の途中であるが、終点及び始発駅でもあるのだ。西武池袋線で言うなら小手指、西武新宿線の新所沢みたいなもの。えらいローカルな例えだけど…トラムの駅に行けば運良く三台も出発待ちしていた。まだばあさま一人しか乗っていない前から二台目のトラムに乗り、二階の一番前を取る。

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北角の市場の建物 結局香港の街で一番九龍城砦に近かったのはこの建物ではないかな

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乗ったトラム。リモワの広告付。スーツケースの写真まで載っている。

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北角に停まっているときと、本線に入ってすぐ

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トラムが通る直前、というよりトラムを停めてキリのいい所まで工事が進む

 上環までトラムに乗る。上環は地下鉄の最後の駅なので、地下鉄で行った方が圧倒的に早かったのだが、敢えてトラムで。トラムはだいぶ気に入ってしまった。直線で最高速度を出すときに左右にゆれるのはそのまま転覆しそうでこわいけど。上環までくるとだいぶドチャック(土着の派生語 みうらじゅん氏が作られた)な街になる。店も観光客相手と言うより香港人相手の店が多い。その中の一店のお粥屋に行く。こういうドチャックなところは広東語しか通じない場合もある(というより表に日本語か英語でも書いてない限りその可能性が高い)のでヘタレながらガイドブックに英日使え、しかもかなりうまいらしいとあった粥屋に行く。しかし行って見ると明らかに地元民が集うドッチャクな店だった。とりあえず(ドアもない)入り口でお店の人に"Could you give me Japanese or English menu?"と聞いたら"Sure"と言い席に案内して日本語と英語で書いてあるメニューを持ってきてくれた。英語が通じるのは安心だ。というのも香港は日本の占領を挟んで通算100年以上も英国領だったのに、想像以上に英語が通じないのだ。私はてっきり占領時代に教育を受けた人は全員日常レベルの英会話は可能なのだと思っていたがそんなことはなかった。観光客相手に商売をする人(と会ってないけどホワイトカラーもそうだろう)は英語を使えるけど、それ以外の人は英語は片言(一般的日本人レベル)か全く使えないのだ。う〜ん、これは中華思想を反映しているのだろうか?そもそも占領されていたなんて意識はさらさらなかったのかもしれない。で肝心の中華粥は本当にうまかった。これは日本でも食いたい!昨日も来ていればよかったと後悔。

 その後香港映画でも度々登場するヒルサイドエスカレータに。800メートルもエスカレーターが続く(一本じゃないよ)。別にあがったところでミッドレベルの高級マンション群があるところにたどり着くので、目的地はないのだがせっかくだから乗ってみることに。結構な時間がかかりミッドレベル(要は山の中腹あたりのこと)につく。

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エスカレータの途中

 そのまま来た道を降りるのも芸がないので、前日にあがったヴィクトリアピークまで歩くことに。結構なめていたが、ここからがつらかった。すごい急な坂(日本ならもっと等高線に沿って道を作るだろう)を登り続け超高級マンションを過ぎれば歩行者しか通れない道、さらには昔のピークトラムが走っていた道(線路を埋めた後があり停留所も残っている)を登りへなへなで到着。これまた時計をみていなかったけど、少なくとも30分以上は山を登ったと思う。途中ですれ違ったり抜かれた人は10人にも満たず、彼らは健康目的で山登りをしている(格好でわかる)地元の人と掃除の人たちだ。正味2日の旅行で(ミッドレベルからとはいえ)歩いて登ったやつはそんなにいないだろう。歩いて登った方が景色も良く見えるし気持ちがいい。夜は暗くて無理だろうけど。但し日本の山の舗装路より傾斜はきついのは覚悟のこと。

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山登りの途中 このときはまだまだ続くとは露知らず…z

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線路を塞いだことがわかる 昔のピークトラム街道だ!

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まだ一番上ではないけどだいぶ登ったところ 自分の足でかせいだ景色だ

 ベンチでしばし休憩し、そうそうに下山。ピークトラムは片道なら20香港ドル、バスは9.X香港ドル(Xは忘れた)なのでバスで帰ることに。ピークトラムは一回乗ってるしね。バスは待っている人が前に一人だけだったので、二階の一番前をゲット。急な坂を下りていくのは本当に楽しかった。ピークトラムで降りるのもいいけど、バスはバスで楽しい。いや、これは二階の一番前に乗る価値あるよ。荒い運転が面白さ倍増させてくれますし(笑 ただ車酔いする人はくねくねするので厳しいかも。

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ダブルデッカーの二階先頭

 その後、金鐘(ここはビジネス街)で降りて地下鉄に乗り銅鑼灣へ。銅鑼灣は一番の繁華街なのでレストランも多い。そこで飲茶を食う。一番驚かされたのは周りの香港人がすごい食べていることだ。太っているわけでもないのに食べる量がすごい。よこのばあさまには驚かされた。普通の日本人なら適当に飲茶を食ったらデザート食えないよ。ばあさま雑炊もデザートもくってたしなぁ…うーん、すげー。
 その後観光客らしくスターフェリーに乗ることに。まずは中環まで地下鉄で移動。その後歩いてフェリー乗り場へ。フェリー乗り場の前のターミナルで共産党打倒活動家ががんばっていた。別にパクられることはないようだ。フェリーの乗船もオクトパスでピッとやるだけ。二階席に座り油麻地までの短い航路を満喫。乗客はやはり観光客が多め。

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スターフェリーより 香港島側から撮る

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九龍半島についた後の一枚 ちなみに写真左手は開けていて結婚式の記念撮影スポットとなっていた

 油麻地到着後はあたりをぶらつく。この近辺は、入り口に鎮座する二頭の狛犬が異常なほど威圧的に見えてしまう高級ホテルのペニンシュラ(香港&上海ホテルズ運営 香港が本社)があるかと思えば、そこから少し歩けば魔都香港の数少ない生き証人?の重慶大廈があったりする。なお重慶大廈近辺では「にせものあるよー」「時計あるよーロレックス、ブルガリ…」とよってくるけど無視しとけば全然しつこくない。日本の謎のアンケートとかの方がよっぽどしつこい。なので全くびびることはない。(と書いたけどこの近辺の空気はちょっと違うのは間違いない。)中には日本人ではないと思ってか、ハングルに変えて語ってくる人もいるけど。そしていったん宿に戻り、宿近くの巨大な団地にあるスーパーに行く。スーパーの数は日本より少ない感じがする。まだ市場(日本で言えば商店街に相当)が数々あるので、ドチャックが残っている。

 そして旅の最後に男人街に行く。その前にデザートを食いにいったのだけど、個人的なことだけなので割愛。一言いうと香港はマンゴー好きにはたまらないだろうということ。なんせ安い。男人街は別に買うものはないけど、旅行で来た以上回っておくべきところだろうと。地下鉄で移動し男人街を往復する。女人街と比べて偽ブランドは少なく、よりドチャックな香りがする。ちなみにゲバラのスウェットが20香港ドル売っていた(革命家ということでゲバラのシャツなどは結構売っている)。COTTON100%と書いてあったが、明らかに化学繊維だったのでやめた。スウェットって言うくらいなのに、いかにも汗すわなさそうな素材なのはどうも許せない。しかし良く考えたら女人街でセクシー下着の値段を聞いていたローライズでケツが出ている欧州からと思われる女性は、25ドルと言われたら高いと言って店を去っていくのを見た。その後店員は20ドルと言ったが、ノーと突っぱねケツの割れ目(上部)を見せながら雑踏に消えた。このときに「どうせジョークではくくらいなんだろけど。一ネタとしては安いじゃねえか」と内心思っていたのだが、俺も同じ20ドル(300円くらい)のものをやめてしまった…同じ穴の狢ってやつか。

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写真奥が男人街

 その後地下鉄で帰る。大きな花を持ったばあさまが地下鉄に乗っていたが、でかい札がささっていてその文言(英語)を読むと、どうやら葬式だったようだ。葬式の花を持ち帰る風習があるのだろう。どうでもいいといえばそれまでだし、本やネットで調べればわかることだがこういう地元の日常を垣間見れる瞬間がありがたいのだ(今回は葬式なんで「ありがたい」というのはばあさまたちに失礼だけど)。ただ個人的にはマルチ・カルチャリズムに乗っているわけではないので。マルチ・カルチャリズムのオブセッションは嫌だから。
 と偉そうに書いているがその地下鉄では腹痛で早くホテルに帰りたかった…別にあたったとかではないけど、果物の食いすぎか出された水を平気で飲んじまった(水が悪いのではなく硬水だから)からだろう。駅を出るとホテルへ一目散に走る。駅のトイレでもいいけど、やぱり落ち着いてくそをしたい。これは日本でも同じだ。香港映画顔負けの疾走を見せ?無事帰還。ちなみにオクトパスの残金は1ドルを切った。結構乗ったな〜


四日目
 午前中の飛行機で帰る。空港到着後JALのカウンターへ。職員は香港の方だが日本語も勉強させられているようで使える。ただ英語の方が使いやすいようで、席の希望を英単語を混ぜて話したらその後の会話は英語になった。その後、朝から空港内の飲茶に。ここはワゴンで運んでくる。ただオーダーの紙もあるのでそれを書いてだすのもOK。ここでもデザート食う前に腹いっぱいに。食った後は出国審査やセキュリティーチェックのあと中に入り待つ。

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朝の仕込みの段階の肉屋さん もっとグロいのもあるけど、とりあえずこの写真で
この後空港に向かう

 飛行機の中の映画に「小さな中国のお針子」があった。これはある意味で直接的表現をするもの以上に激烈な文革批判なのであるが、それが香港発のJAL機に採用されていることが興味深い。さすがにキャセイでは見れないだろう。「三丁目の夕日」もやっていて確認のために見といた方がいいかと思いつつ、刹那さを感じるためにお針子をまた見る。帰りはジェット気流に乗るのでわずか三時間で到着。ちなみに機内食は日本発より香港発の方がうまかった。

 帰国後高速バスのチケットを購入。出発まで15分くらい。いいタイミングだった。あまった香港ドルを日本円に戻したのだが、レートは12円台。日本円から換えるときは17円台だったので、銀行にえらいぼられた気分だ。あとは帰宅するのみ。そして二日ばかりの花粉のない生活は終わった…


時系列では書けなかったこと

 横浜の中華街はちょくちょく行くけど(最近は観光地化しようという資本が流入して来て行く気が萎えまくりだけど)、レベルは高いのだと体感。香港はドチャックから中堅まで少ないなりに食べたけど、ハマ中華街(こっちは安いランチの店)も相当うまいと判断する比較軸ができた。ま、日本も香港も高級店は比較できる身分ではないので、そこはわからないけど(笑

 香港人の行動は結構せっかち。エスカレータは日本より早いし、信号でもかなり急ぐし少々無理をする。但し地下鉄のラッシュは日本みたいに無理に詰めて乗ることはせず、次を待つのが暗黙のルールの模様。文化の違いによる考え方の違いですな。これは携帯にも言えて電車内でばんばん使っている。しかし飲食は禁止(罰金あり)。日本はどちらかと言うとその正反対と言っていいだろう。日本なら通勤ラッシュでウィダーインゼリーを食っている人をたまに見ると、むしろ逞しく見える(笑

 日本人は大いに困るチップは、事前に仕入れた情報よりもチップは必要ない模様。無茶苦茶乱暴ないい方をすればドチャックな所はいらない。ちなみにドチャックなところは会計は日本と同じくレジにて。ある店ではKeep the changeと言っても「そんなのはうちではいらねえYO!」とばかりに取れと言う人もいた。ドッチャクでなくテーブルで会計をするレストランは大概はなっからサービス料がついているので、おつりの札だけ取って小銭をとらないのでいいみたい。とらないで札だけしまうと「小銭とっといて」言う前に勝手に持っていったし、これは当たり前のことなんでしょう。ホテルとかポーターにはいる。

 観光客が来うる本屋には毛沢東の本がわかりやすい位置にある。もちろんタイトルから想像する限りプラス評価の本ばかりだ。ただ英語なので現地の人に読ませるのではなく、対外政策?なのではなかろうか。これは中国政府の圧力?それとも単純に観光客の中には毛沢東を偉大なる革命家と評価している人も少なからずいるので(もはや中国人より外国人の中で評価している方が多い?)売れるからか。

 携帯電話の普及率は総じて高い模様。あとビジネスマンはスマートフォンが多い。ノキアのスマートフォンもいろいろなところで売っていた。日本人の多くが「日本の携帯の機能は世界一」だと未だに思っているが、それはiモードが大ヒットした頃の話。ソフト面で儲けるためにハードにいろいろな制約を掛けている日本の携帯はおもちゃの類です。着ウタ?んなもんはなっからmp3を着メロにできればいいわけで。などなどいやな制約は数知れず。

勝手なまとめ
 一般的観光客が行くショッピングの類は一切興味がなく、モットーは「人の倍歩いて稼げ」(これは国内でも同じ)。しかし今回はそこまで「稼げ」なかったような気がする。一般観光客より歩いた(九龍城砦跡地と山登り)のは間違いないだろうけど、狭い香港でもまだまだ回らないといけないところはある。特に寺院は回れなかったのが残念(帰国してから気づいた)。少なくとも近い将来に香港に行く機会はないだろう。行くことはないかもしれない。次行く機会が仮にあれば、次こそドチャックポイントを足で稼がなければ。

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2006年 2月 21日

北海道 フェリー大洗⇔苫小牧及び札幌界隈 2泊+船中2泊 5日の旅

投稿者 by tak@taknews.net at 22:18 / カテゴリ: 11旅 , 北海道 札幌近郊&船(2005.12) / 1620 コメント / 0 トラックバック

初日
 まず家から東京駅まで。待ち時間とか入れて一時間ほど。東京駅から大洗フェリーターミナルまでのバスに乗る。終点ではないので寝過ごし注意。電車の方が楽かと思ったけど、この考えは帰りに間違いであることに気づく。バスで良かった。寝れる、疲れない、またない。
 バス降りたら目の前がターミナル。乗船手続きをしてしばし待つ。乗船開始まで一時間以上ある。待合室は自動販売機と小さな食堂(兼小さな売店)のみのいたってシンプルなもの。まあフェリーのメインターゲットは人ではなく物の輸送だしこんなもんでしょう。

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大洗港のマリンタワー 中央奥に本日乗る船が見える

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でかい!錆はご愛嬌

 一時間ほど待っていよいよ乗船。今まで乗ったことがある船は漁船に淀川と横浜(シーバス)くらい。どれも小さい。こんなでかい客船に乗ると思うとガキではないがわくわくしてしまう。そして20時間近い船旅はどんなものなのだろうとちょっと心配にもなる。飛行機なら燃料なくなる時間だろう。よって直行便でいける範囲より長い時間かけて北海道までいくわけだ。ニューヨークよりもロンドンよりも遠い北海道。贅沢と言えば贅沢な旅。

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さんふらわあさっぽろ船内の一枚

 乗船してしばらくしたら18時になりレストランが開く。さんふらわあさっぽろは1600円で食べ放題。当然外より割高だが、船の上でこの値段でこの食事内容ならまあありだと思う。なおトラックの運ちゃん用のレストランは別にあり。多分比較的安い値段で用意されているのだろうけど、一般客は利用不可。1600円が高いと思う人はターミナルで食べるか、外で買ってくるのがいいかと。売店にお菓子以外にもパンとカップヌードルはあるのでそれでもいいけど。あとはさんふらわあ限定キティが売っている。頼まれていたので大人買いをする。これはかなりレアでは
 飯食い終わる直前に出航。その後はゲームコーナーで数代型落ちのゲームで遊んだり、大浴場に行ったり、アイス(飲み物とアイスは自動販売機があるのでいつでも買える 売店は時間が決まっている)食ったりして寝るまで過ごす。退屈するかと思ったが、飛行機と違い歩き回れるしゆったりできるので全然苦にならない。動くホテルという感じ。


二日目
 朝起きたら外は吹雪いていた。おぉぉ!きたー。雪だーこれを味わいたいのものもあってわざわざここに来たのだ。しかしまだ苫小牧まで6時間あるぞー。しかし朝食もバイキング(千円)行って、またゲームやってごろごろうだうだしているうちに到着。人間は無為に過ごせるもんです、はい。
 そしてついに北海道に上陸。出生地は雪国ながらほとんど住んでいないので、一面の銀世界に心奪われる。(ちなみにスキーもしない。だから雪とはほとんど無縁。)なお港がでかいので下船後ターミナルまではちょっと長かった。

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製紙の街というイメージの苫小牧
中央右よりのとびっきりでかい赤と白の煙突が王子の煙突(のはず)

 30分待ちくらいで札幌行きの高速バスがあるのでそれをしばし待つ。値段は1270円と安い。約二時間の高速バスでこの値段にこの人の数(フェリーターミナルから乗った人は5人)じゃペイしないだろと思ったら、高速バスでありながら苫小牧では路線バスの役割をし、札幌でもそれなりに停まるのだ。なるほど、これでペイするわけね。しばし車窓の雪を眺め続け、そのうち寝る。

 札幌駅に着いたらもう薄暗い。家をでてから24時間以上たってついに目的地に到着だ。ブラジル来たんじゃないんだから(笑 ビックカメラ(実はこの日がZERO3の発売日だった!ホットモックを触る)と西武のデパ地下などを回ってホテルに。雪道を歩き慣れていないので腰を丸めてもぞもぞと歩く。ビブラムソールも全然聞かないぞ…札幌の人は慣れているのですたすたと歩いているが信じられない。あともう一つ気づいたのが女子高生の(フェイク)ムートンブーツ着用率が異常に高いのだ。東京ではほとんど見ないが、ここでは5割超えるのではないだろうか。学校指定を除けばジャイアンツの岡島の救援失敗率(数年前の一時期)くらいの着用率になるのではないだろうか。冗談はさておきとにかくすごく良く見るし、女子高生くらいをメインターゲットにしているショップには必ずと言っていいほど店頭にならんでいる。500足限定とか書いてあったりして「全然限定じゃないし、そんな売れるのかよ!」とツッコミを入れたくなる。さらに私のファッションチェックの結果、ムートンブーツから紺のハイソックスを少しだけ見せるのがおしゃれなようだ。チラリズムかいな。まあどちらにせよこれは北海道の気候を加味した、地元初(東京からではない)若者文化ではないか!いや、冗談抜きで重要な要素なんですよ、地元初の文化は。地方のスウェット上下(withセカンドバックに革靴)にこれくらいですよ、地元初は(嘘

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結構安い。サイズはM Lと靴にしてはえらい大雑把。

 ま、そんなこんなで宿に入りふぅーと、したいところだがそうすると寝るのは間違いないので飯を食いに行く。せっかくだから地のもの食いたいうことでジンギスカンに。別に東京でも食えるんだけどさ…そもそも地のものと言ってもニュージー産とかだろうし。しかしここで参った。船で揺られ続けいてた影響でいすに座っているとふらふらゆれているような感じがするのだ。ビールいっぱいで気持ち悪いくらいゆれる。ビール飲み放題にしなくて良かった。

 ふらふらするが雪のため?テンションは高く、宿に戻る前にコンビニで飲み物と一番高い入浴剤を買う。中身は天然ヒマラヤ岩塩(チベット産)と長年かかって作られたとはいえただの岩塩じゃんと言いたくなるもの。まあ、そんなこと言い出したら北投石だってただの石だし文句は言えまい。さらに使って見てびっくりしたのが、理由はわからないがめちゃくちゃ効く。市販の入浴剤とは比べものにならないくらい効き、翌日はすっきりと。


三日目
 ゆらゆら感も収まり、朝食はとらず札幌駅へ。小樽に行く。ここは単純にうまいもの食って、吹雪いてきてこけて、あまりに寒いので小便ちびりそうになってコーヒー飲みに喫茶店に駆け込んだという感じ。強いて挙げるなら下のようなゆるキャラらしきものを発見

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スフィンクスとのコラボだと思われ。多くは語れない。春が来て溶ける前にみうらじゅん氏に連絡した方がいいのだろうか!?

さらにこんなのも

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サンリオさんの経営がやばいのではないかと思わざる終えないぎりぎりラインのご当地キティ…ちなみに先日本屋でご当地キティ図鑑みたいなものがあったが、こいつは載ってなかった。予想通り。

 あとは田中義剛経営の花畑牧場のアイスクリーム屋があるのだが、冬季は休業していた。しかーし、それだけでは終わらない。冬季休業しているせいでその前だけ雪かきがされていないのだ。歩道全面雪がわんさかと積もってえらいことになっていた。車道に出ないと歩けない…春になっても当分残っちゃうぞ、よしたけ!

 ま、そんなこんなで札幌に戻ってきて歩いて帰る。そこで旅行代理店の店先に千歳から上海とオーストラリアへの直行便ができたと書いてある。うひゃーすげーな 北海道から結構旅行行くのかな、と思ったが冷静に考えれば逆だ。中国とオーストラリアからの旅行者が増えているのだ。中国沿岸部の(まずまずの)金持ちグループや時差がない上に逆の季節が味わえる豪州の人たちがターゲットなのだ。北海道きたのは5度目だがいつ来ても中国からの旅行者にあう。単純に金持ちだなぁと感嘆する。オーストラリアからはロス・フィンドレー氏の活躍によりニセコなどへの旅行者(スキーヤー)が多いのだろう。ニセコでは土地バブルまで起きているそうだが。北海道の新たな挑戦だ。

夕飯は地元の寿司屋。その後ちょっとぶらついて宿に戻る。


四日目
 今日は帰宅日だ。帰りも例の船ですわ。15時札幌駅発のバスでOKなのでそれまで札幌市内を散策。中心部は前の二日にだいぶ歩いたので南側も訪ねる。途中吹雪いてきて、一面白い世界の中で意識がなくなるような感じ(いわゆる神隠し)にあいそうになる。あせっていろいろ回ることもないと考え喫茶店で相当のんびりした後に札幌駅へ向かう。
 途中チャリに乗ったばあさんが通って行くと一気に大量の鳩が来た。ばあさんは慣れた手つきでスーパーの袋から餌をまきながら走り去っていった。ばあさんの通り道を鳩が連なる…ここで疑問に思ったのがばあさんは餌をまく前から鳩が集まりだしたこと。鳩がばあさんを視認ないしにおいで認識できるとは思えない。そんな能力はないだろう。そこで私は気づいた。どうやらスーパーの袋が摺れるときに出る「シャンシャン」という音に反応しているようだ。試しに自分が持っていたスーパーの袋をわざと振って音を鳴らすと、鳩が大量に寄ってきた。このままずっと連れて行こうかと思ったが「シャンシャン」するのが面倒になり放棄。その後札幌駅周辺を巡り、みやげ物を買って15時発のバスに乗る。行きと同じ路線。行きと違い、途中からはほぼ満席だった。学校帰りの時間と重なったためのよう。

 定刻より遅れてフェリーターミナル到着。乗船手続き後、売店でいろいろ見る。大洗よりでかい。弁当や飲み物を購入し乗船。船の中での過ごし方は行きと同じ。


五日目
 朝起きたら雪のゆの字もない世界に。うだうだすごし13時過ぎに到着。

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大洗のマリンタワーが見えてきた。

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最近はドライバーを載せないで後ろの荷物だけ送ることが多いので、こんな感じでまってる。

 しかーし、ここからが長かった。大洗駅まで歩く。水戸までワンマンの電車に乗る。水戸からは常磐線に乗る。どちらの電車も本数少なすぎ。常磐線降りたときには暗くなってきて寝ていたとはえ激烈に疲れた。そこから1時間ほどで無事帰宅。大洗からの長さにため息が漏れ終了。

 今回は始めてでかい船に乗った。北海道の滞在時間とさほど変わらないだけ移動時間があったわけだ。家から大洗までの時間も考えれば往復48時間潰すというきわめて贅沢な旅だった。飛行機は相変わらず嫌いだけど船は本当に面白かった。移動に時間が割ける人には一度は乗って見る価値ありかな。
 北海道もさして回らなかったがいつ行っても本当に楽しい。海外に住みたいと思うことは皆無だが、日本なら住みたい所がいくつもある。北海道もその一つ。言われて見ると私の周りには沖縄好きな人も多い。私も暑い所の食事にお腹があう体質なら大好きになっていただろう(笑 ちょっとあわないことが多いので北海道の方が好きだけど。ということで船と北海道は最高。次は北斗星かトワイライト?

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2005年 10月 06日

北海道 道東(2005)

投稿者 by tak@taknews.net at 18:09 / カテゴリ: 11旅 , 北海道 道東(2005.9) / 4 コメント / 0 トラックバック

毎年恒例の北海道旅行、(行ってきてから少々日が経つが)今年も行ってきた。今回は道東地区。これで旭川以北を残して一通りは見たことになる(もちろんうわっぺらを見て回っただけだが)。

初日
 釧路入。羽田で「釧路だからエアバス320だろうし、ターミナルから飛行機までバスだな」と思っていたらボーイング767だった。意外に人多いのね。相変わらず飛行機では眠れない。びびりながら日経読んでいるうちに到着。
 釧路の天気は曇り。旅行はほぼ毎回曇りだな・・・今日の宿は屈斜路なので早速移動。途中道の駅や展望台などをちょくちょく寄りつつ、阿寒湖に行く。

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(左)こんな道が続く。(右)道なりにあった展望台からの眺め


 阿寒湖は駐車場が高いので湖は車窓からチェックのみ・・・アイヌコタンにはよって(アイヌコタンは利用者向けの駐車場がある)、店を見たあとアイヌ生活記念館を見る(これは有料)。いくつかのお店では鹿の角がかなり安く売っていた(確か二千円)。本気で買おうか悩んだが、飛行機の手荷物にしたらこのご時世とめられるかもしれない。預けにするにもかばんとかに入らないのでむき出しのままで預けられるのかわからない・・・結局買わないことに。今考えたらネタで定形外郵便で送ればよかったと反省。
 その後一泊目の屈斜路プリンスに行く。早めについたのですいているうちに温泉に入る。さっぱりしたあとさらにマッサージをお願いする。完全におっさんだ・・・・夕食はホテルのバイキング。元を取ろうとバカほど食ってしまう。そして早めに寝る。

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全室レイク・ヴュー 早くついたためか最上階だった


二日目
 起きたら温泉に行く。おっさんを超えて爺さんだ・・・じっちゃんクラスがたくさん入りにきているかと思ったら、意外に空いていてゆったりと入る。その後湖畔を散歩して、朝食バイキング。夜とは打って変わって少食に。その後地下の売店に行って木彫りのコロボックル(アイヌ語で「蕗の葉の下の人」の意 詳しくはぐぐって下さい)がついて携帯ストラップとアイヌ文様の木彫り手鏡を購入。どちらも手彫り。

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(左)朝の屈斜路湖 (右)白鳥は帰らなかったやつかと思いきやホテルで飼っているそうな


 今日の目的地は能取湖のサンゴ草はまだ早いということで、地の果て知床方面に行くことに。道中まずは摩周湖に寄る。「霧の摩周湖」といわれているが、最近は霧の方が珍しいそうな。私が行ったときも霧は一切なし。

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霧のない摩周湖


 その後、道中でキタキツネ発見。あまり怖がっていない様子。えさをやるやつがいるのだろうか。えさは当然やるべきではないし、エキノコックスも危ないので写真のみでさらば!

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 その後裏摩周の方にある神の子池に行く。観光地として整備されていないので道から砂利(というより砕石かな)の林道を2キロほど入っていかないといけない。さらに回りに観光スポットはないのでこの為だけに、来た道に戻る分も含めて50キロくらい走ることに。水の色がなんともいえない。水温が年間を通して低いままなので倒木が腐らないで、まるで眠っているかのごとし。池に流れ込む川は一切ないのに、かなりの量の水が流れ出している。どれも非常に豊富な湧き水のおかげだ。私個人としては苦労しても行く価値があると思う。ただ今までどおり行きにくい形として残ってもらわないと必ず弊害があるだろうなとも思う。

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 いよいよ知床へ向かう。途中いくつかテロ警戒の看板があった。世界遺産や軍隊とかあるけどさすがにここではしないだろ・・・その後も順調に移動し、オホーツク海に沿いを知床五湖方面にどんどん行く。途中、橋の周りに駐車場があるところがあった。もしやと思い立ち寄ると、鮭の遡上する川だった。生まれて初めて鮭の遡上を生で見ることが出来た。鮭の遡上にかなり心をひきつけられ、時間の余裕を食い尽くす・・・

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全部鮭か鱒 すごい量

その後知床五湖に向かう。世界遺産に登録されたこともあり、すごい人であった。なおシーズンはここより奥地へはバスでしかいけない。五湖は全部回ると90分ほどかかることもあり、一湖と二湖を回ることに。つかの間のピクニック気分。理屈ぬきに気持ちがいい。人が多いけど・・・今度は是非とも全部回りたい。

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(左)鹿の角が (右)二湖

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(左)鹿がかじった跡と思われ (右)熊の爪あと

 帰りには道路のそばまで鹿が何頭も来ている。多分飯の時間なのだろう。ずっと草を食べている。さっきまで笹の茂みにいた鹿に喜んでいたのに、うじゃうじゃいたとは。

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物音をたてるとこっちを振り向くが、静かにしていればお構いなしに草を食い続ける


 帰る途中でウニイクラ丼を食べる。昼を食べていなくておなかが空いていたとはいえ中途半端な時間に食べてしまった。宿は川湯グランドホテル。知床の後は戻るルートになるが、宿の関係上仕方なし。川湯は昔からの温泉街でどうしても街全体に「寂れた感」があるのは否めないしホテル自体結構年季が入っているが、さすが温泉はすごい。源泉かけ流しはもちろんのこと、硫黄泉がすごい。硫黄のにおいが強烈に充満し、湯も明らかに普通の水とは違う(素人な言い方だが濃い)。酸性が強いためか水を沸かしただけの浴槽もあり、上がる前にそこに入るように推奨してあった。
 温泉の成分を存分に吸収し部屋へ。旅行に行ったときはほとんどテレビは見ないのだが、台風情報だけチェック。その後ご飯に。料理は建物と同じくらい寂れている、かと思ったら全くそんなことはなかった。大体は旅館の定番的なメニューであるが、味もおいしかった。かにのてんぷらもあったし。私の責任だが、ウニいくら丼が腹にまだたまっていたので、結構苦しかったが・・・
 その後部屋に戻ると布団が敷いてあった。温泉効果もあり速攻で泥のように眠る。それにしても大鵬を生んだ街の湯はすごかった。ホテルは古くともまた入りたい湯だ。

三日目
 朝風呂後、朝食をとっていざ出発。帰宅の日なのでそんなに回る時間はない。トドワラのみいくことに。トドワラは野付半島の先端の方にあるのだが、それまでの道もすごい。一部両サイドが海となり、その間隔が10メートルほどしかないではないか。しけると半島というより島じゃないか!

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途中にあるナラワラ

 トドワラまでは車での乗り入れは出来なく突き当たりの駐車場(野付半島ネイチャーセンター)からは徒歩か馬車となる。雨が横殴りになってきたのと、時間が押しているので一階の食堂でホタテなどを食べて空港に向かう。

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ネイチャーセンターから撮ったトドワラ


 その後、中標津にある東武サウスヒルズ(郊外のジャスコのような感じ)で少々時間をつぶす。中標津にこんなに大きな店があるとはびっくりした。近隣では一番栄えているのは間違いないが。その後空港へ。中標津市街から5分ほどという非常に近い距離にある。空港は小さいので所狭しと東京に行く(帰る人がほとんどか)でごった返していた。
 飛行機はこれまたボーイング767。さらになんとポケモンジェット!中標津でも767ではでかすぎないかという疑問の上に、ポケモンジェットと来たものだ。う〜ん、びっくり。
 席は後部窓側をとったのだが、後部中央は全く人がいなかった。窓側が好まれるという一般常識を見事に証明してくれた。帰りは台風のため、かなりゆれた。ゆれようがゆれまいが、神経が過敏になり寝られないことに変わりはないけど・・・座席前の雑誌を読んで、日経読んで、ジュースを飲み、別料金の菓子を食い、またジュースを持ってきてもらい(菓子食っててたので、声をかけてもらった)、台風通過でがんがんゆれ、そのうち千葉マリンスタジアムが見えてきて、着陸。空港のロビーに出てリムジンバスの時間を見たら10分後にある!速攻で券を購入し乗車。あとは寝るのみ(やっと安心して寝ることが出来る 高速バスのほうが飛行機より死ぬ確率高いのだろうけど・・・)。その後無事帰宅。普段の生活に引き戻される。

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2005年 7月 07日

NewYork3泊5日の旅(旅行記)

投稿者 by tak@taknews.net at 19:31 / カテゴリ: 11旅 , ニューヨーク(2005.6) / 1 コメント / 0 トラックバック

先日ニューヨークに行ってきた。完全に普通の旅行で。私の柄ではないかもしれないけど、結構需要もありそうな感じ(旅行行く人が調べそう)なので一応まとめました。写真はクリックすると大きくなります。

初日
 成田まではバスで移動。スカイライナー利用と金銭面では同じくらいで終始座っていられるので楽ちん。成田に到着後は昼食をとり、お金をドルに換えチェックイン。飛行機はコンチネンタル。コンチネンタル航空の窓口はJALに委託しているようなのでターミナル2を利用することになるが、実際の発着はターミナル1なのでモノレールみたいやつに乗る必要があり。ちなみに機体のシート配列は3×3×3であった。日本の航空会社の3×4×3より気持ち広い気がする。ちなみにエコノミー席は2/3かそれ以上あった。ファーストクラスがない分多めである。

 機中は離陸後にメイン、中間食の軽食、着陸前の食事があった。ちなみにアルコールは有料で500円か5ドル。バカみたいに騒ぐオヤジとかが出ないので、個人的には有料の方がよっぽどいい。メインの後に睡眠導入剤(レンドルミン 医者でもらえる)を飲んだが計4時間ほどしか眠れずうだうだと過ごし、離陸後12時間かかりニューヨーク到着。コンチネンタル航空はニューアーク空港なので、そこに着陸。

 例の入国時の指紋採取と顔写真は意外に待ち時間も短くスムーズに終わる。審査官と話したことも挨拶だけで目的とか日にちとかは特に聞かれなかった。そもそも出した航空券は便指定の往復券だったので日にちは言うまでもないが。指紋と写真を出国後どうするのかは少々気になる。また別室にて検査となる人はやはりアラブ系やラテンアメリカ系の人が多かった。

 手荷物もないのでそのままEXITへ。ちなみに出口とトランジットの分かれ目は少々わかりにくい。出口で列を作ってる!と思ったらトランジットだった。

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奥にマンハッタンの摩天楼が見えます。

 そして車でマンハッタン島へ。マンハッタン島でまず感じたことはGTA3に似たいるということだ。GTA3のリバティー・シティはニューヨークをモデルにしたとも言われているが、間違いないように思う。走っている車の種類(やたらでかいバンが多い ゴミ収集車もどでかい)や街並み、街にあるゴミの具合などそっくりである。ま、あんま書くと神奈川のおえらさんとかが怒るしこのくらいで。(旅と関係ないが、GTA3やったところで暴力的になるということを論理的に示してみろと。)

 一時間弱でホテルに到着。ホテルはペンシルバニア・ホテル。1700室もある巨大なホテルである。でかいが古いホテルである。つまりは綺麗なホテルではない。はっきりいえばぼろい。そこら辺ははじめっから期待していたわけではないのでどうでもよかった。そのぼろさを引いて余りある立地条件が魅力なのだ。マディソン・スクエア・ガーデンが道路を挟んで目の前(このシーズンはなにもないけど)。アムトラックの駅であるペンシルバニア駅もすぐ下にある。エンパイア・ステート・ビルも歩いてすぐ。タイムズ・スクエアも一駅だし、歩いていくことも余裕でできる。ちなみにセキュリティーボックスは部屋にはなく、一階に専用の窓口がありスタッフを通して利用できる。パスポートと航空券を入れておいた。何かの時にパスポートの提示を求められるかもしれないが、常時携帯して無くすリスクの方が高いと判断してパスポートも入れておくことに。

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部屋から外を見ると・・・

 ひと段落したらエンパイアに歩いていく。セキュリティー・チェックは空港と同様。ただ金属探知機が二回連続でなったがOKと通してくれた。そこら辺のフレキシブルさはきっと人種による判断がされているのだろう。なおエレベータは80階まで一気に行き、86階までのエレベータに乗り換える。とにかく混むので時間は余裕を持たせなければダメ。またこれからの季節はとにかく蒸す・・・昇るまでに一汗かくことに。ただせっかくニューヨークに来たからにはエンパイアからの夜景をみなければならないのでしょう。とにかく混んでるけど・・・・並び疲れた体を引きずりながら、途中でハンバーガを購入しホテルに戻る。サマータイムなのでエンパイアに向かったときは明るかったのに、ホテルに戻ったときは11時回っていた。

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昇ってすぐはまだ薄くらい(左写真)だけど三十分もしないうちに暗く(右写真)
右写真中央の扇形の飾りが屋根にある建物はクライスラー・ビル。

二日目
 三時ごろから目が覚めた・・・朝食にホテル一階の小さな食品売り場に売っていたサンドイッチを食べて、まずはメトロポリタン美術館を目指すことに。移動にはわかりやすく渋滞もない地下鉄を利用。一日乗り放題券(7ドル)を購入し、いざ乗車。まず感じたことは日本の地下鉄に慣れているので「どこが安全になったんだよ!」といいたくなる車両。保線も悪いのか速度のわりにかなりゆれる。ガラスには傷をつけた落書き、車両もはっきり言ってぼろい。とはいってもすぐに「こんなもんなんだ」と慣れたが。

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はっきりいって写真は良く撮れすぎています。もっと怖い感じです。

 早めにホテルを出てセントラルパークを散策。散策といっても相当量歩き、さらには蒸し暑かったのでかなり疲労。さらにアメリカには街中に自動販売機がない(仮にあっても全部破壊されているはず・・・)ので猛烈に喉が渇く。

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映画「素晴らしき日々」のクライマックスで2人がじゃれあう噴水。夏季は犬のプールと化している模様・・・

 9:30になりいよいよメトロポリタンに入る。セキュリティー・チェックは手荷物をでっかいマグライトで照らしてチェック。大きな荷物は預けることに(多分強制)。入場料は15ドル。とにかくでかいのである程度焦点を絞らなければ、丸一日使っても見切れないだろう。私はいくつかに絞ってみることに。具体的にはモダン・アートとアメリカン・ウイングは全く見なかった。さらに19世紀のヨーロッパをメインとし、それ以外は流して見つつ気になったものだけじっくり見た。それでも4時間近くかかった。あと4時間いれば閉館の時間だ・・・本気で全部見るなら21時までやっている金曜日か土曜日に気力と体力をフルに使ってみるか、何日かに分けて見なければならないだろう。
 あまりに展示品が多いので確かに疲れるが、レベルの高さは秀逸である。最近まで美術・芸術にさして興味を持っていなかった私でも知っている数々の名画を間近で見る事ができた。絵は基本的に柵の類は全くない。10センチ前で筆のタッチをみても問題ない。モネもマネもゴッホもルノワールも食い入るように好きなだけ見ていいのだ。もちろん言うまでもないが、来場者がきちんとした対応をしてきたことの積み重ねによる「信頼」があるからこそ享受できるのである。本当に有難いことである。

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メトロポリタンの外壁は改修中。なお館内も日本コーナーが全面改装していた。

 なお来場者は次から次と来るのだが如何せん美術館が巨大なので混んでいると感じることはなかった。欧米以外のゾーンは人が誰もいない所も多々あった。唯一混んでいたのは昼頃のカフェテリアくらい。ちなみに途中に食べたカフェのサーモンベーグルがこの旅で食したものの中で一番レベルが高かった(価格等の面ではなく今まで日本において食してきた同類のものと比べてレベルが高かったということ)。

 メトロポリタンめぐりで心身ともに疲弊しつつ、13時過ぎにレストランへ。ベトナム料理を食す。なかなかうまいのだが普段は食べないコリアンダーが少々気になる。いや、気になるどころか正直辛かった。もちろんコリアンダーたっぷりなのが暑いときに最高なのだが。ちなみに周りを見たらみんな箸を使っていた。結構普及しているようだ。ちなみに割り箸の袋には「おてもと」とひらがなで書かれていた。輸出しているのだろうか。

 その後グランド・セントラル駅に地下鉄で移動し、国連本部ビルまで歩く。途中で法輪功が中国政府による弾圧をアピールしていた。10分強で到着。別に何をするでもないが国連ビルを見る。ここで世界情勢と日本について考えたのだが、旅行とは関係のないことなのでとりあえず割愛。歩いてグランドセントラル駅に戻り、かの有名な中央コンコースを見学。幻想的大空間は見る価値あり。その後ホテルに一旦戻る。ホテルに入る前にホテルのすぐ近くにある99セントショップに行く(32st.にある 教会の近くだったと記憶)。とにかく安い。当たり前だけど全部99セント。日本と貨幣の価値が違うとはいえ日本の100円ショップでは絶対にありえない価格が目白押しであった。ベーグル5個99セントとか。これにより低賃金の人たちも十分に食っていけるのだろう。レストランは日本より高めなことが多いのに、一方では激安の高カロリー食があると。ちなみに店の二階は99セントではないのだが、これまた安い。いつも通り日常使っているデイ・バック一つで来ていた私は20ドルでうっていたスーツケースを買う。転がす機能も快調で音も余りうるさくない。十分、十分。縫い目は一部まがってるけど(笑

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国連とグランド・セントラル駅

 ホテルに戻り一時間半ほど寝てから地下鉄でシェイスタジアムへ。そう、大リーグをみにいくことに。(メッツには申し訳ないが)残念ながらヤンキースは遠征中だったのでメッツを見に行くと事前に決めていた。しかし地下鉄に乗っている途中に雨が降ってきた(マンハッタンをでたら地上運転)。しかもかなりの本降り。これは中止かもしれない、と思いつつシェイスタジアムに到着。チケットは事前に購入していなかったので当日券の売り場へ。そうしたら女性が声を掛けてくる。日本で言うところのダフ屋だ。話を聞きチケットも確認させてもらうとフィールドレベルの額面66ドルのシートを半額で売るそうだ。大粒の雨が降りしきる中、考える。多分向こうはチケットブローカーでシーズン契約のボックスを購入しているのだろう。シーズン契約なのでチケットの額面より安く買えるので、それをバラで売りさばいて儲けているのだろう。しかし事前に売れなかったものはスタジアムまで来て売っている、と想像。チケットは年間契約のボックスシートであり、雨で中止になっても払い戻しはできないと思われる。しかし当日券を購入したならば同程度の金額で同じような席を得ることはまず不可能である。賭けで購入することにした。支払いのときにはじめの大きい札を渡して、その後1ドルを数えていたらサービスすると言われた。ラッキーだったのかまだ交渉で下げられる余地があったのか・・・

 早速スタジアムに入る。雨は相当降っていたが人は徐々に集まってきていた。雨合羽となるポンチョを購入し座っていたら、三十分遅れの19:40プレイボールとのこと。プレイボール前にホットドックとピザで腹ごしらえ。ホットドッグのソーセージは塩が結構置きいていてうまい。アメリカはパンとソーセージのレベルは日本より高いと感じる。

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雨雨雨・・・

 そしていよいよプレイボール。メッツの先発は石井。なお松井は故障者リスト入りしているので登録されていない。石井は三回までパーフェクトピッチングだったのだが、彼の悪い癖=ファーボールで自滅が四回に出てしまった。三者連続ファーボールで勝負あり。ヒット自体はさして打たれていないし球自体も悪くなかっただけに本当にもったいない。持っているものはなかなかいい選手なのに・・・メッツの三番手はどこかでみた投球フォームだと思ったら具台晟だった。オリックスファンであるが生で具はみたことがなかった。まさかこっちで生でみるとは・・・
 試合は少々しまりはない展開ではあったが世界最高峰のプレーとボールパークの素晴らしさを満喫。特にボールパークは日本の球場とは違い素晴らしい。一度アメリカのボールパークを体感してしまうと日本の球場がいかに面白くない造りなのかよくわかってしまう。せっかく大きな金を投入してつくってきたのにシェイスタジアムより「面白い」球場は日本に一つもないように思える。あとはやっぱり天然芝だね。

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石井自滅・・・

 大リーグ(と大雨)を存分に堪能し、ゲームセットまで観戦。日米との違いは試合のレベルそのものよりも、スタジアムのできや応援スタイル、イニングの合間の企画などの違いを強く感じた。どれもアメリカの方が格段に面白い。いきなり門外漢の私がいっても共に応援でき共に笑うことができる。実に素晴らしい経験だった。またこれが「一つのアメリカ」を体感する装置の役割もしているのであろうと感じた。

 帰りは車文化だけあって地下鉄はさほど込んでいなかった。人がいなさ過ぎても安全ではなくなるのでちょうどいい塩梅であった。日本の野球の帰りのような状態を想像する必要は皆無(ただ雨だったので客の入りは半分くらいであり途中で帰る人も多かった。サブウェイシリーズのデイゲームならやはり混むのではないかと思う)。終点のタイムズスクエアで乗り換えて一駅でペンステーションに到着しホテルへ。アメリカにはコンビニはないが(あったら深夜勤務の従業員の殉職率が高くなるだろう)、11時を回っていたがペンステーション内のドラッグストアは開いていた。

三日目
 今日も4時過ぎから目が覚める。行く方向は南側を回ることに決めていた。その前に街のスタンドでホットドッグを食べる。ホットドッグ2個とドリンクで2.85ドル。ちなみにシェイスタジアムのホットドックは4ドルであった。味はシェイスタジアムの圧勝だった。安い方は日本のものと変わらない。そして地下鉄でWTC跡へ。観光客だけ足を止めてみているが、ニューヨーカーはいそいそと仕事場に向かっていく。当たり前であるが、だだっぴろい空き地を見ている観光客の方が「非日常」であった。そこでまたも大雨が降ってきてWTC跡前にあるセンチュリー21(不動産屋ではなく百貨店)で傘を買う。ちなみに道端で傘を売る人もいた。その後WTC跡前を半周ほど歩いているときに黒い壁が続くところに
 Remember, Jesus loves the people whose you hate.
 完全に一致しているかどうか忘れたがこんな類の文が書かれていた。他に書かれていたのはあと一つだけで似た類の言葉であった。節操を持って多くの人が何も書かなかったのではなく、意図的にいくつかだけ残されているような気がしなくもない。

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十字架が「いかにも」という感じ。十字架がなければ工事現場にしか見えない。右写真の左に見えるのは駅。


 その後徒歩で証券取引所を見に行く。途中トリニティ教会も見学。証券取引所は外から見るだけではあるが、中で行われていることの意味を考えるとわくわくしてしまう。その高揚感がアメリカの強さなのだろう。今回の旅で何度となく感じてきたNYの持つパワーは、現実的にはないに等しい「「アメリカン・ドリーム」をみさせてくれる。「世界の中心」でがんばれば何かが起こるかもしれないと。「世界の中心」という言説も「アメリカン・ドリーム」も想像の中でエクスパンドしたものであろうが、そのエクスパンドをこの街がさせてしまう力を持っているように思えてならない。

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トリニティ教会と証券取引所。教会は後ろからの画像(表からの写真は写りが悪く・・・)


 その後さらに歩いてリバティー島行きのフェリー乗り場に行く。チケットを購入しいざフェリーへ。と、その前にセキュリティー・チェック。空港と同レベル。そしてまたも金属探知機がなったのだが、今度は靴を脱いで靴はX線にかけて、自分はもう一度金属探知機を通れとご指導が。空港より厳しい感じがするが、まあ仕方ない。革靴(ホワイツのブーツ)を履いていたので、底にいろいろ入れる可能性もありうるから。素直に従い通過。

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これだけ乗せて行きます。

 出港後はそんなにかからずリバティ島に到着。なお事前に予約をしなければ自由の女神内部には入ることはできない。現在は予約して内部に入っても台座までなので、まあいいかと予約しなかった(実は出発前に急に帰郷したことも原因なのだが・・・)。
 自由の女神はサプライズはなく想像通り。ただやはり芸術作品としての価値もあるように感じた。バランスがいい。これがフランスから送られたなんて今なら考えられない。ハンバーガーのジョークではないが。なおデジカメが普及しているせいで、記念写真屋は相当暇なようで、多くの人にアタックしていた。

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説明不要でしょう。台座が結構あるので大きいです。牛久大仏と同じくらいあります。(但し像そのものの大きさは牛久の方が倍以上)

 島ゆっくり一周し、帰りのフェリーに乗った。帰りのフェリーはエリス島によってマンハッタンに戻る。エリス島はほとんどの日本人にはあまり面白くない(関係ない)のでスルーしてもいいだろう。もちろん降りてもフェリーの料金は変わらないので移民の勉強をしてもいい。

 そんなこんなでマンハッタンに戻ってきた。14時くらいであったが、時差ぼけも何のそので動いていたこともあり激烈に疲れたのでホテルに戻ってしばし就寝。5時前にホテルを出てタイムズスクエアへ。タイムズスクエアは地下鉄で一駅。そしてテレビでみなれたタイムズスクエアへ。とにかく人が多い。その後タイムズスクエアを歩きつついろいろ店を回る。途中ヒスパニック系の人が経営するみやげ物やでI love NYロゴ(loveはハートマーク)のTシャツを5枚10ドルという格安で購入。いつ着るか全くわからないが・・・みやげに考えている人はいたるところに売っているが、タイムズスクエア周辺が最安であろうかと思う。その後徐々に北上しアンバサダー劇場へ。

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ホテルをでたとき人だかりが。右側の写真の米国国旗がかかっている建物が泊まったホテル。火事だと思われるが警察が「通りにも入るな」と必死になっていた。今なら「テロ」だとみんな思いえらい騒ぎになったような気が。

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タイムズ・スクエア。反対側(写真撮影者の背中側)にはカップヌードルの看板も。

 そう、目的はタイムズスクエアではなくミュージカルだったのだ。観る演目はシカゴ。シカゴは映画化もされているし、日本にもミュージカルが来ている(今夏も来る)。なぜこれにしたのかというと下着姿のセクシーダンスいい席で都合のいい日(前日に言っている大リーグとの兼ね合い)のチケットで唯一イーベイでゲットできるものだったから。席も前から二列目だし、いろいろなところでゲットできる割引券を使った当日券よりも十分に安かったので落札しておいた。もちろTKTSで買う方が安いのだが、並んでいる間に観光の時間がつぶされるので今回はパスしておいた。なお席は事前には二列目だと思っていたら一列目だった。いきなりかぶりつきとは少々緊張。劇場は結構こじんまりとしている。高校のなんちゃら部定期演奏会より小さいくらい。このサイズでトップクラスのミュージカルを観る事ができるとは日本では考えられない。ありがたや、ありがたや。

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シカゴ!

 多分多くの日本人観光客が気になるであろうドレスコードであるが、想像以上にゆるかった。イブニングドレスを着ている女性は5%もいなかったのではないかと思う。男性に至ってはジャケット着ている人をみることはなかった(みなかっただけかもしれないが)。Tシャツにハーフパンツ、靴はナイキのバッシュという白人の親父もいた(しかも最前列に)。ま、この親父さんは極端でも普通の格好なら問題ないかと。ジーンズも色落ちが激しくなくて破れていなかったら全く問題なさそう。ちなみに私は色落ちしていないジーンズ、革のブーツ、襟付きのシャツだった。ただ格好をつけて自分で盛り上がるという効果もあるだろうし、余裕を見せる意味もあろうからカジュアルがいいというわけでもないけど。なお劇場の冷房は激烈に強かった。女性は絶対に羽織るものをもっていくべきです!

 肝心の作品はミュージカルについて全くの無知の私は演技云々の技術などについて語ることはできないが、本当に単純に素晴らしさをかじる事ができた。ダンスシーンはパワーがあるし、ユーモアもあり面白い。うだうだ講釈をたれるのは知識も経験もがないのでやめておきます。とにかくまたミュージカルをみたい!と強く思った。本当に面白い。夏には日本にもくるので気になる方は是非とも。ただ来日メンバーはブロードウェイ組ではないし、会場もブロードウェイみたいな「劇場」ではないですが。ちなみに最後に主演のシャルロット・ダンボワースが投げたバラの造花をゲット!一番前に座っていたおかげだ。う〜ん、いい夜だ。

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 その世界に精通していなくとも、世界のトップレベルを体感することは本当に有難い経、験であり自分の糧となる。好きとかき嫌いとか、興味があるとかないとかではない。そんなことはほとんど関係ない。そのことに気づいたのはここ数年だから偉そうなことはいえないけど・・・そう強く感じた夜だった。

 帰りは歩いてタイムズスクエアまで行った。騎馬警官をみることもできた。道路には馬の糞が落ちていたが・・・その後地下鉄で一駅移動しホテルへ。そんなに食べていないのに時差ぼけと食品が高カロリーのためかさほど腹は減らず。

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NYPD、自動小銃持っています inタイムズ・スクエア。

四日目
 今日は帰国。午前の便なので余裕を持って7時過ぎに出発。起きれるか心配だったが、起きれないどころか結局時差ぼけのままで5時ごろには起きていた。結局一番深く眠れたのは昼寝という旅であった。8:30前には空港に到着。チャックイン機はやたらやる事が多いが職員が操作してくれる。ちなみに日本行きは日本人スタッフも多数いた。荷物を預けセキュリティ・チャックへ。靴は全員脱いでX線に通すことを義務付けられていた。この一週間で私のデイ・バッグは6回X線を浴びたことに。パスポートチェックしたあと係官から「ドウモアリガト」と言われ一瞬びっくり!日本人利用者が多いのであろう。

 まだ時間もあったので朝食をとるためにレストランに入る。ステーキを食べていなかったので朝食メニューの中から唯一のステーキを注文。ウェイトレスの薦めにのってしまいビールも注文。この度で一番高い食事となった。出てきた食事は角切りにして食べやすくなっているステーキとポテトの量は半端ではなかった。おなかは空いていたがさすがに食いきれなかった。味はグッド。ちなみにナイフのみプラスチックだった。セキュリティ・チェックを通過した後の場所なので当然ではあるが。

 その後搭乗口の横にあるブースでパスポートとボーディング・パスをスタッフに確認してもらう。さらにコンチネンタル航空のメインブースに行き指紋採取と顔写真撮影。この位置づけは連邦政府が法的に決めていることではなく、航空会社独自なのではないかと思う。詳しくは知らないけど。ちなみに顔写真&指紋のところの係員にも「アリガト」といわれさらに搭乗口を日本語で説明していただいた。ただややこしい文はかたことの日本語より流暢な英語の方がよっぽどわかりやすいのだが・・・汗 そして搭乗。搭乗率はほぼ100%だった。行きより日本人が多かった。半分以上が日本人、他に成田でトランジットと思われる近隣諸国の人と日本観光と思われる米国人という内訳。

 機内では始めの食事の後に睡眠導入剤を半錠、中間食の後に半錠飲むつもりでいた。しかし食事後一度目に目覚めた時は中間食は終わっていた。そして体に良くはないかもしれないがもう半錠を飲んでまた寝る。そのおかげで行きと違いまるで東京―新大阪を新幹線で移動したくらいの感覚で日本に到着。いや〜早い早い。これなら全然問題なく移動できるぜ!と飛行機が怖かったくせに強気になる。

五日目
 日本に着いたら日付が変わっている。帰りはバスの時間まで2時間ほどあり、成田エクスプレスの池袋行きがあったので成田エクスプレスで帰ることに。疲れた体を引きずり帰宅。

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こんな柄の飛行機でした。

帰宅後
マイルをネット経由でつける。片道6732マイルであった。コンチネンタル航空なので国内線は当然ない。国内線があれば北海道往復くらいできそうだが・・・また帰国後になって初めて2012年オリンピックの誘致をしていることを知った。街にそれらしき看板なりイベントなりは何一つなかった(後日追加 写真を見ていたらWTC跡近辺にタペストリーみたいなやつがかかっていました)。あと初めて英語のみが母国語である国に行ったが、思っていたより英語も聞き取れ、簡単な意思の表示はできた。しかし移民の話す癖のある英語の聞き取りや複雑な意思を反映させるスピーキングは難しい。修行せねば。

 ニューヨークをだいぶ回った気になっていたが冷静に考えればまだまだいくべきところはある。ヤンキースタジアム、ハーレム(アポロシアター)、自然史博物館、MOMA、メトロポリタン(見ていない所)などまだまだ観るべきところはある。なんならアムトラックでワシントンも見にいきたいなと勝手に妄想。

 今回の旅で一番の収穫はある種の「高揚感」といっていいだろう。ニューヨークには希望がある、夢がある、世界がここで動いている、という過剰な高揚感だ。これがアメリカの強さなのだろう。

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2004年 12月 27日

明日から京都

投稿者 by tak@taknews.net at 23:59 / カテゴリ: 11旅 / 2 コメント / 0 トラックバック

 明日から新年三日まで京都行きます。出生地ではありませんが出身地だと思っている地です。(転勤族は「出身地」と「出生地」を分けなければ誤解が生じうる。)正月を京都で過ごすのは久しぶりだ。京都を引っ越してから10年以上経っているが何か京都にはパワーがあった。今まで住んできたところの中で将来に渡って住みたいと思うのは京都くらいか。しかし私の中の京都は長い間停止したままだ。時代の変化を感じることになる予感がしないでもない。
 おっちゃんには4年前は吉兆(くそガキなのに申し訳ない)に連れて行ってもらったが、今回はどこだろうと勝手に期待(爆 はもが食いたいが季節違うしな〜なおメールは京ぽんで確認できます。久々にひま〜な一週間を過ごすのでしこたま本を持っていく予定。民主と愛国もって行くかな。読むの二度目になるけど。パソコンから離れられるのはある意味うれしいのだが、実用的には少々問題あり。まあ京ぽんとシグマリオンで乗り切ります。

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2004年 10月 11日

北海道3泊+1泊

投稿者 by tak@taknews.net at 15:20 / カテゴリ: 11旅 / 2 コメント / 0 トラックバック

2004061011.jpg

一日目:昼前には千歳着。十勝川温泉に向かう。道中は少しずつ紅葉し始めている。温泉近辺はお座敷コンパニオンやストリップの広告が目立つ。結局日本人は「旅の恥はかき捨て」精神でキーセン観光のころとなんら変わってないなと思う。お姉ちゃんと飲んだりしたかったらわざわざ温泉にきてやるなよ。私は旅だからこそ絶対に恥をかき捨てにできないという考え方だが。後にくるであろう自分と同じ共同体に生きているないし生きていると外部からは思われている人たちのためにも。
 温泉は日本では唯一、世界でも他にはドイツにしかない植物性モール温泉。乱暴に説明すればは植物堆積層を通った温泉。色は茶褐色。
 
二日目:富良野、美瑛を通り層雲峡温泉へ。富良野ではとりあえず「ほたる」とものまね。木々の紅葉がだいぶ始まっている。関東の山は紅葉のポイントが限られているがよく考えたら杉ばっかにしたせいか。花粉症にはなるし熊のえさはなくなるし林業としての価値も輸入品に押されるわでどうしようもない。
 層雲峡の景色はびっくりした。こんな近く(といっても飛行機使ってるが)にこんな景色があったとは思いもよらなかった。突き抜ける岩肌に色鮮やかな紅葉。

三日目:今、動物園業界で話題(!?)の旭山動物園に行く。月の入場者数が上野動物園を超えたというつわもの。まあ今年は暑かったので上野動物園はちょっと出足は鈍っていたのかもしれないが。うわさに違わず非常に楽しめた。ただ楽しむだけでは、という配慮も見られた。「旭山動物園」でぐぐればいくつか情報が出てくるので私は詳しく書かないがお勧めできるスポットだ。ちなみにニホンザルは飛んでくる赤とんぼを食していた。目的地は定山渓温泉。いわゆる温泉街。結構疲れていて温泉はいって寝るのみ。

四日目:アサヒビールの工場で見学&試飲で軽く酔っ払い。その後名水百選に選ばれた水を汲んで(といってもナチュラルミネラルではなく手を入れた水らしい)空港へ。台風接近。予想通り欠航。空港は人でごった返し。修学旅行生は例によって隅っこにたまっていた。なぜか修学旅行では私服なんだよな〜と小一時間考える。うちは普段から私服だったな。
 仕方なく札幌でもう一泊。飯を食う以外は風呂入ってベッドに頭を埋める。札幌の中では最高ランクになるであろうホテルであったがくつろぎもせず早朝の出発に備える。

五日目:余裕を持って始発に乗り飛行場へ。しかし便が遅れ羽田には12時少し前に到着。飛行機は何度乗っても本当に怖い。もちろん確率的に一番安全な公共交通機関であることはわかるが自らの位置エネルギーの大きさにびびらないことはない。特に日本では単独事故では世界で一番の死者を出した御巣鷹山があり、その惨劇が頭から離れない。手に汗握りながら羽田着陸。疲れが重なり意気消沈。

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暗い日曜日

投稿者 by tak@taknews.net at 01:12 / カテゴリ: 11旅 , 14日記(与太話) / 1 コメント / 0 トラックバック

 結局8:30新千歳発のANA便は飛行機が前日のフライトで千歳にくる→格納庫で一泊→朝羽田へという使用法だったので昨日運休の影響で当日羽田より機を持ってきたため1.5時間遅れ10時に飛び立った。確かにパイロットは(法的には可能でも)乗ることができる機体は訓練を受けたものだけと決まっているのはわかるのだが別の機体はないのか、1.5時間早く出勤させられないのかと思ってしまう。そんなこんなで台風足止めに続いて重い足を引きずり早朝から飛行場に行けば待ちぼうけ。さらに座席に着けばイヤホンの差込口は明らかに設計ミスでイヤフォンのチューブが太ももと肘掛の間に挟まる。チューブが折れ曲がり音が聞こえない。ER-4Sで聞こうとしても外部イヤフォン用のジャックはなし。そして当初の予定より20時間近く遅れて帰宅後、疲れた状態でぼけ〜っと半田づけ(いずれ何を半田付けしたのかは紹介予定)していたら左手を火傷。。。。ふんだりけったりのの一日。記事を書く気がおきず日記で終了、という言い訳。

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2004年 9月 09日

花博にみた地方都市の運命

投稿者 by tak@taknews.net at 11:11 / カテゴリ: 02日本社会 , 11旅 / 0 コメント / 0 トラックバック

 この土日浜松の花博に行ってきた。浜松に行ったのは9年強ぶり。前回は訪問ではなく居住地だったのだが。行って感じたことは変わらないものは変わらずあり、変わっものはなくなったという感じだ。
 まず変わったことは街がだいぶすたれてきたことだ。松菱百貨店はなくなった上に空いたまんま。百貨店一つがまるまる空いた状態はさびしいものだ。他にもかなり大き目の商店街(道に沿って縦横に店が広がる)があるのだが、空いてしまったところが多い。空きが多いせいで家賃が下がったのだろう、若い店主の服屋がやたら増えていた。しかし若い人たちの服屋だけで商店街をキープしていくことは、長期的に見ればかなり厳しい。また服屋自体、初期投資後も生鮮食料品ほどではないにしても回転資金がそれ相応に必要な業種なので今後どうなるかはわからない。ただ工場が多い土地柄、若い人はいるのでまだ可能性はあるかもしれない。(西武の跡地は意外にきれいなまま違う店として残っていて、かつそれなりに人がいたのは街がまだ死んでいない証拠だろう。)
 そして最も驚いたのがイオン浜松志都呂ショッピングセンターhttp://www.aeon-hamamatsu-shitoro.com/index.htmlだ。花博の雄踏駐車場近くにどか〜ん!と現れた巨大な建物。駐車場の一番上へと伸びるスロープはまるでジャンプ台だ。本当に度肝を抜かれた。あとで知ったのだが面積は18万平米。400メートルの正方形で16万であるからそのでかさは半端ではない。こんなものができてしまったら浜松、浜北周辺の店は皆ぶっつぶれるだろう。平日は遠鉄ストア、休日は半分レジャーみたいな感覚でイオンまで、という生活が容易に想像できてならない。土地柄、軽の車が多く主婦も車に乗っている割合が高い。郊外、といっても中心地からわずか8キロの地点にあんなものが作られたらもう小売店は終わりだ。そして商店街はどんどんさびれそのうち百貨店もなくなり街が荒廃していく。そしたら破れ窓理論の通り犯罪が増える。そして浜松はブラジル人などの海外からの労働者が非常に多いため、犯罪と絡み非常に微妙な問題が発生することも十分に考えられる。そのコストを考えればイオンで清潔感ある建物で安いものが買えるコストは決して安くはない。またイオン自身は地元に落とす金が大きいわけではない。雇用もアルバイト中心でなんといっても、もうけた金で何かを買うわけではない。地元で消費者とならない一方的な販売者であることを忘れてはならない。以上を考えると私にしてみれば、イオン出店はむしろ高いコストに思える。そちらがいいかは人それぞれであろうが、それらコストを勘案してから物事を決める必要があるのは間違いない。なお最新号の雑誌「選択」でこのショッピングセンターの記事がある。そこで書かれていたのだがアメリカでは条例でウォルマート出店を制限しているところがあるそうだ。これは考慮するに値する。
(岡田も押せないんだよな・・・ぼそ)

 変わらないもの、まずは天錦はてんぷらの具をあげるときに手も油に入れること。あ、けど揚げるのが息子さんになっていた。先代は奥にいたので仕込みをしているのだろう。ちなみにパフォーマンスの派手さはまだまだ先代が上。味は相変わらずおいしい。特にエビがまさにエビの味がして最高。
 八百徳のうな茶も相変わらずうまい。お茶といっても昆布茶なのであっさりしていて意外に鰻とあう。これを食べれば一週間くらいは元気になること間違いなし。ただコストパフォーマンスを考えれば天錦に軍配か(天丼1000円、うな茶2200円)
 あとは街の風景は店舗が寂れた中心部を除けばおおむね変わりはない。特に住宅地はほとんど私の記憶と変化はない。私が昔住んでいた家も相変わらず建っていた。プールや水着が干してあったので子供のいるファミリーが住んでいるのであろう。あれから10年弱が経ったかという思いと、今は違う方の住まいなのにまるで自宅に帰ってきたような私の感覚がぶつかる感覚が何ともいえない。「世界」の衝突。

2004.9.11追記 天錦の天丼は夜2000円だそう。1000円はお昼の値段なので注意!

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2004年 9月 02日

5.1chと異人

投稿者 by tak@taknews.net at 00:03 / カテゴリ: 11旅 , 13電化製品 , 14日記(与太話) / 0 コメント / 0 トラックバック

最近2日に一本くらい映画を見るのでパソコンに5.1chのスピーカを設置。
とにかく六畳間にさらにベッドがある状態では狭すぎた。センタースピーカーは小学校一年から変わっていないマリオの机にある本棚に本に挟まれ配置。フロントの右は机の上(デカ!)、フロントの右は机の横にある小さい棚の上。しかし映画みるときは机の上に持ってくることも可。
リアは右が百円均一の三段棚(計315円)の上に、左はベッドの枕元(マットレスが短いので枕元は本置き場)に仮の宿り・・・ダライラマの「Advice On Dying」と共に斜めになって(耳の方を向かせて)いる様がかなりシュール・・・100円ショップにいいリアスピーカーのスタンドになるものがあればいいのだが・・・
ちなみにこのAdvice On Dyingを膝元に置いていたためANAに乗っていて客もほとんど日本人だったにもかかわらずジュース配るとき英語で聞かれた思い出が。こっぱすかしいけど英語の発音でオレンジジュースを頼む。。。しかしその一瞬の「異者」となる瞬間が気持ちいい。海外旅行好きには二種類いて(他の日本人に対して)「異者」となりたい人と「同者」となりたい人があるように思う。私は確実に前者だ。小さな「社会」の外に見える世界を少しでも感じたい。

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2004年 8月 10日

0泊3日弾丸ツアー(前編)

投稿者 by tak@taknews.net at 22:05 / カテゴリ: 11旅 / 0 コメント / 0 トラックバック

全三編で構成予定。ツアーの目的は中編で書く予定。前編は淡々と流れのみで。

8月7日

21時過ぎ  さいたま新都心駅に向けて出発1時間くらいで着くが余裕を持って出発

22時前   浦和駅でう○こしたくなり降りてトイレへ・・・早く出てよかった

22時20分頃 さいたま新都心駅に到着。バス停を確認し公衆便所でまたう○こする。23時までやっているイトーヨーカドーでお茶と飴を購入。

22時35分頃 バス停前で待つ。一番乗り。二番目にきたおっちゃんは自分の馬(一人で持ってるのではなく共同出資)のレースを見にいかれるそうな。勝ったのかは不明。

23時    バスが定刻通り来る。日本中央バスはネット上の情報どおりすいていた。乗車率5割は切っているので乗客は一列飛ばしで配置。後ろを気にせずリクライニングを使える。(いまネットで見たらさすがにお盆は満席だった。)なお女性はちゃんと考えてくれていて前の方に固めた配置であった。(逆に言うと乗る直前まで席はわからない。チケットチェックのときに座席番号を言われる。)女性一人でも運転手が近くて安心であろう。
 日本中央バスは出発地が池袋、新宿などではないのが痛いのと、知名度が低いせいで客が少ないのだろう。値段も西武バス等より安く、バスの内部もきれいだし次も使いたい。ちなみにトイレとジュースは後ろにあるタイプ。
 バスの中では終始浅い眠り。最近の高速道路はスピード出しすぎの時、ドライバーに体感させるために段差などを意図的につけて区間が多い。あの区間を大きいバスで走ればその振動は飛行機の離陸時のゆれに近かった。万が一のことを考えたらやはりシートベルトしておいたほうがいいと実感。

8月8日

5時40分   金沢駅東口到着。さすがに人通りは少ない。金沢駅の周りに繁華街があるのかと思っていたが全くなし。観光客が多いのでホテルは乱立しているがスーパー一つも見当たらない。景観を考えてだろうか。


5時45分   駅構内に入る。東口は大改修中で地下道を通ってきたが途中人影は皆無。駅に入っても人はまばら。腹が減ったが体が半寝なので何か食べると気持ち悪くなると思い自販機でアイスを買い購入。抹茶味。そしたらまたも腹が痛く・・・う○こしにいっている間に電車一本パス。

6時28分   腹は減ったが身軽になり金沢を出発。ちんたらと七尾へ向かい動き出す。

IMGP0720.jpg
金沢駅で電車の中で撮影

IMGP0723.jpg
こんな景色が続きます。

8時00分   七尾到着。すぐにのと鉄道(3セク)に乗り換える。
8時05分   七尾発。電車内は電車オタクの方々がたくさん。皆さんすごいカメラを持っていらっしゃる。俺は普通のデジカメ。いや普通のデジカメの中では性能いいんだよ、うんうん・・・

10時25分   家を出てから12時間以上がたちついに珠洲到着。電車で来たのは何年ぶりだろうか。多分10年ぶりくらいではなかろうか。

IMGP0725.jpg
相変わらず変わりないな・・・七夕(こっちは8月7日)のちょうちんだけ新しい。

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